五七五

短歌は15歳から詠んでいた
夢中で言葉をとらまえようとしていた
「自分の気持ちに一番近い言葉を探しなさい」
「言葉を探して意味を深めなさい」
恩師の指導の言葉は今も私の心に生きている


此の頃俳句もどきを詠むようになった
五七五にこめる思いが心地よいと感じたからだ
ある文芸評論家によれば
俳句とは「滑稽 挨拶 即興」であると
俳人金子兜太氏によれば季語にしばられることなく自由に詠めと
力を得て そして思い切って時折日記の中に記すようになった11月


思いおこせば20代後半に詠んだ一句がある
「 弔報に主なき猫を思いたり 」
これは隣に住んでいたおばあちゃんとブチを思って詠んだのだった


歳が足りない 経験が足りない 時期を待っていた
そろそろいいかなと今月から何ともしれぬ五七五をアップしている
羞恥心がなくなったのか 思い切ったのか 後者だ


昨日詠んだ 愚にもつかぬ五七五


    「 ノラにして人形の家を出でにけり 」 ゑぽむ


    「 かわたれに百鬼夜行を追いかける 」 ゑぽむ

    
    「 なまはげになって喰う肉苦かろう 」 ゑぽむ


続けようと思う なにかこう面白い スカッとする


何ものからか解き放たれた気持ちをどう表現しようかと
日々ノートとペンを離さない 言葉は一瞬に逃げ去るものだから。





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