ちょっと.ショート ⑪ I My ミー


        



ホームの向こうから手を振っている 懐かしい愛しい恋しい人
走り寄る 目と目が合う しっかりと優しく抱きしめてくれる腕の温もり
逢いたかった 話したかった
あれはいつのことだったろうか もう何十年も前
私たちは猫と暮らしていた とても穏やかな日々
お日さまに干したお布団の匂いのする ミー
いつもいつもミーに顔をうずめて「ミーよ ミーよ」と呼んでいた
日の明け暮れはミーと共にあり
ミーは私たちをつつむ柔らかな紗の布のようだった



なぜ? ちゃんと鍵をかけて 窓も閉めていたのに
「ミー! ミー! ミー!」 ミーがいない
ベットの下 お気に入りの出窓のカーテンの裏 クローゼットの中
もしやとベランダ キッチンのひき出しまで開けて 呼んでさがしても
居ない 居なくなった ミー



あの人がミーの亡きがらを抱いて帰ってきた・・・
なぜ? どこに? どうして?
私と一緒に 私を追ってドアから出たの?
そんなはずはない そんなことはありえない
ミーのからだに傷はなく 愛くるしい目は見開かれたまま
ただ お日さまの匂いだけが消えていた
そして


心をつつんでいた温もりも安心も愛も失い 離ればなれに彷徨った私たち
時はとどまることはない 彼とミーを失った悲しみは深く辛く
冷たい雨にうたれるように刻々と過ぎ走り去る月日は凍てついていった


しかしその時の流れはすこしずつ氷をとかし 
水がぬるむように想いをうすめていった
ミーを愛しむ心だけを共有していたのではなく
私たちは惹かれあい 同じ風に吹かれていたのだ
いや 同じ心の病の中にいたのだ
あの紗の布は鉄格子であり ミーはぬいぐるみだった


私たちは談話室で隣り合わせ気の合う仲だったのだ
そして やっと認可され処方された薬は劇的に効いた
「あなたには良く効いたようです 合っているようですからね
 気楽に血圧の薬をのむようなものと考えてゆったりいきましょうか」
ドクターの言葉は納得できたし安心もした 腑に落ちた


あの人の名前は・・・居所は・・・
測りがたい偶然 神の啓示がもたらされ 私たちは再会した
歩いて 歩いて 歩いて 手を合わせては語り合い
また手を合わせては歩き歩きして 
日が傾くまで私たちは歩きつづけた
高いビルにのぼり人智のおよばぬ入り日を見た 横顔が照らされてあかい
日はとっぷりと暮れ
暗い夜の中に
身も世もなく切なく心惹かれつつ   別れた




       




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