父のいった言葉の意味

今週のお題「私のお父さん」


グループサウンズが流行っていた頃


べつに夢中になりはしませんでしたが


「思い出の渚」とか「渚」という名前、苗字が流行言葉のようでした


ある日 父に 「渚って なあに?」と訊きました


「渚というのはな 砂浜に波が打ち寄せては返している

 そのさまと その場所を そう呼ぶのだ」 と言いました


父の言葉が波のように寄せてきて その景色が浮かびました



こんなこともありました


中学生になる時にランドセルから下げ鞄になり


新しい革靴 制服 コート 教科書 ノート・・・


それらを私にしては珍しくちょっとはしゃいで着たり持ったりしていたら


父が言ったのです


「EPOM 透明人間は脱いでしまえば空っぽなんだよ」


私は はしゃいでいた気持が恥ずかしくて哀しくなってしまいました


小さくなって消えてしまいたくなりました


父はもう写真になって朝夕に手を合わせる人になりましたが


ふいに子供時代のこの二つのエピソードが思い出されて


そのたびに つくづく父の子であるなあと実感するのです








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