お迎えボクロ
駅ビルの本屋さんの前のベンチは思いのほか静かなので
休憩がてらに短時間の読書をすることがある
ベンチの傍に立つ老人がいた 買い物荷物を3袋床に置いて
これ以上ないほど不機嫌な表情なので気になったわけだ
奥さんと待ち合わせなのだろう
ご老人あるいはご年配の方と書きたくないほど その人は
傲慢な風を漂わせていた
頬には指にこげ茶の絵具をつけてペタペタたっぷりつけたような
シミがあり 男性には珍しいな ゴルフ三昧の結果かしらなどと
本そっちのけで すらりと長身体躯の夫を待たせて平気な妻とは
どんな人かと昨日の続きの按配で思いを致した その時
「おお ○○さん 久しぶりですね」と歩み寄った同年輩
不機嫌な顔は仮面をぬいだかつけたか解らぬが笑顔になった
おそらく現役時代に共に企業で切磋琢磨した仲間であろう
良く通る声が二人似ていて 世界をとびまわったであろうと
推察された 彼等は所謂 数々の事に恵まれ運も良く出来も良く
このような今がくることなぞ想像だにせずにいたのではないか・・・
そこに携帯の着信音 「あ、失礼 ああ本屋の前だ」
そしてまた二人少し語り合い 「じゃまた いつかどこかで」と
握手をし お辞儀をし別れた
あの顔のシミは「お迎えボクロ」という長生きの保証である
ベンチから何を観察忖度する者がいるやもしれぬ
ここにほれ こうしているではないか
短編小説の感ありで立ちあがった
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