本から書きぬいて


「私がなにより感動したのは、電波に沈黙時間があることを知った時だった。
 毎時、十五分から四十五分まで、世界中の船の電波の送信は
 一斉に中止される。通信室にある丸い時計の文字盤は、その六分間だけ
 赤く塗ってある。電波が沈黙している間に、船は、もし自分のいる地点の
 近くで発せられている弱いSOSがあれば、それを聴き取るのである。
 とにかく救助のために現場に向かわなければならない。
 
 この電波の沈黙時間こそ、弱い人の声に耳をかたむけるという精神に
 基づいている。」


この書きぬきの前後はあえて省略するが 目からうろこであった
戦時下ではない海での海事知識である。
時には瞑目してひたすら心を耳にして聴こうとすれば
きっと私を必要とする人がいる その声がするのだ
しかし実声にさえ振り向かぬという事実がある
罪の犯者といえるではないか
行方不明の家族を探し求める辛苦
生まれ育ち暮らしていた土地を猛毒で汚された怒り
そして戦禍を再び繰り返そうとする企み


個人に出来るあまりにささやかな耳は小さな貝の殻だ
しかし無限に打ち寄せられる貝殻は海の声を運んできている
人間は顔の両側に二つの耳がついている
その貝殻を役立てよう 騒音にかき消されぬ強い本能で聴きとろう






                 ・