「俺だよ」

 夕刻に電話が鳴った 三回コールなら夫の帰宅合図
 鳴りやまないので なるべく不愛想に「はい」と出た


「あぁEPOMか 俺だ」   ?????・・・
 私を呼び捨てにするのは二人だけ
「何処の俺なのよ」と聴く 「慎司だよ」! 次兄であった
 これが名前負けの慎まない司らない男で
 朝のドラマのマッサンの勤める亀井商店の大将に若い日 よく似ていた
 もててもてて鼻高々で
 幼心に顔の良い男とは金輪際 縁を持つまいと心に決めていた


 まあ それはともかく
「故郷の山はきれいだぞ」と言う 思い出の中にくっきりと映し出される
 忘れてしまった同級生の名前を次々にあげる
 彼はあの町を離れ得なかったのだ
 次兄は亡母の秘蔵っ子 宝 共依存


 彼は思いがけないことを申し出た
「俺が数年県外に出ていた時にもらった手紙があるんだ
        親父、お袋からのものだけれど お前に送る」


 あぁ・・・「それは読んでみたいな 送ってよ」
 私信であるから兄妹とはいえこんなふうな展開になるとは思わなんだ
 次兄は7歳上 60代後半となった
 ×2子無し 
 姉二人と妹をつくづく愛おしい頼もしいと思ったものであるらしい
 長兄と次兄は幼少のみぎりから不仲だった 
 その争いの様は幼い私の傷の一つとなっていた
 しかしこの電話で雪のように融けた 春である


 小さい頃は可愛がってくれた
 お風呂が故障した時には銭湯まで一緒に男湯に入った
 小学生低学年の頃 兄は高校生
 よくもまあ嫌がらずにいてくれたものだ


 頭が良くて容貌も良く 外面が良い 誰の為になったか知らないが
 今も周囲の方々は独り身の彼に親切であるらしい
 兄は優しいのだろうな きっと






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