コバ


        


どうしても たった一口のご飯がたべられない 残りのたった一口が
晩酌中の夫に「あぁ 食べられないんだけれど」と言うと
パクリと食べてくれて助かる


太郎が幼子の頃 食べ残しを片づけようとすると
義母が「お母さんよ私が食べるからおくれよ」と言うのだった
ほんとうは母親の役目だったろうが
ぐちゃぐちゃ冷めた離乳食など口にするのはイヤだった


さて此の頃 太郎の預かり猫のコバが急に老いてきて
泪と粘つく洟がたえず ズーズー カッカと息をして
胸からはかすかにゼーゼーと音する


太郎小児ぜんそくの発作の夜の不安と心細さと
何もしてやれぬ無力感でただ抱いて背中をさすっていたことを思い出す
もう遠い過去になってしまった

コバが太郎ちゃんになってここに居て
捨てたご飯の事をなじっているのか そんなことはないか


太郎ちゃんのよだれもガーゼで拭っていたのに
今コバの泪と洟を手指でぬぐいとっている私がいる
そのほうが安心なようだし ティッシュだといやがる
「よしよし大丈夫だよ」と30歳近く歳を越されてしまった
物言わぬコバを撫でつつ語りかける

こちらを見る目が物問いたげで「なあにコバ」
見捨てたりしないよ ずっとそばにいるよ 離さないよ 大丈夫


        






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