雨の匂いから

私は甥と6歳ほどしか違いませんので
彼等は「おばさん」とは呼びません
「EPOMちゃん」と言います


あれは彼が中学一年生くらいの頃でした
学校から帰ってくるなり まだ青空なのに
「雨の匂いがするなぁ」と言ったのです
彼の弟は「そんなの匂うはずないよ!」と


私は言いました
「浩君 そうね 雨の匂いがするね
 それだけでなく 秋の匂い 冬の匂いって確かにあるよ」
「ほ〜らEPOMちゃんが言ってるじゃないか あるんだよ!」


関東に住まいするようになってその感覚は衰えたのでしょうか
自然の匂いがなくなっているのだと感じます


秋ならキンモクセイの花の香りかといえば そうではありません
なんと表現したらいいのでしょう
郷愁のような思いを香りにしたようなと言ったらいいでしょうか
懐かしくて落涙しそうになる雰囲気に包まれます


冬の匂い それは安心です 家にこもって手仕事が落ちついてできます
そこらじゅうから雑音が消えて 静寂がきます
お湯の湧く匂いもゆかしい冬です
暖房はごく控えめに エアコンの音はノイズですから
小さな足元用の電熱器のみ
北国では無理ですが ここならば大丈夫です


ちょっと思い出したお話があるので書きます
「りんごの皮」という田舎かっぺいさんの話
津軽弁をうまく書けないので 都合標準語にします


       「りんごの皮」


ひとりでりんごの皮をむきはじめた
途中で切れないように 気をつけてむいてむいて
それはまあ つやつやした美しさで 見惚れた
床にすらないようにコタツに上がってながめた そのきれいさ
それを誰かに云いたい でも電話で人を呼んで見せるほどでもない
手紙で友達に伝えるほどのことでもない
ただただ ひとりで きれいだなあと見つめていた
見ているだけでもなんなので
柱のクギにかけておいた


何日か経って見ると あのつややかだった赤い色はなくなり
しなびて茶色になっていた


そ〜っと 手をのばし さわってみたら


   ぷつっと 切れた   りんごの皮



               ・

     

      私は泣いた 泣いた どうしようもない悲しさ
      どうしてこんなに悲しいのか
      伊奈かっぺいさん あなたは孤独をいやというほど知っている
      それを このように書いた
      おそらく事実なのだ
      だからこそ 私は泣いたのだ





冬の匂いがしてくる 林檎がスーパーで売られている
そういう林檎ではない「りんご」




「雨の匂い」を言った甥に この話はしていない
あまりに悲しくて 語り聞かせができない
もちろん息子たちにもしなかった
胸の中で いつも思い出しては 私は泣く 涙も声もなく







                 ・