山口誓子(やまぐちせいし)

        海に出て木枯らし帰るところなし


 印象的で代表的だといわれる俳人山口誓子の句
 頃は昭和十九年 戦争最中

 
 わたしなど語る口もないがこの時代に生きた人々の多くの心持を
 代弁しているように感じられてならない


 個人的に今 闘いの渦中にいて この句を口ずさみ
 吾を帰るところとなして待ちたい心境である


 無事に帰っておくれ
 どこにぶつけていいのか解らぬ憤怒を胸に込めつつ日々を数える


 

 さて過日 懐かしい姉さん友から長い手紙が届いた
 当時見るからに怜悧な顔と佇まいの少年だった彼女の次男さん
 真面目で勤勉 授業料免除で筑波大学に特待生として学んだ
 二度ほど心に疲れが出て体の細い友がどうやってか
 鶴岡まで連れ帰り 休ませては復帰させ
 結婚し一子をももうけ幸せそうだった
 が、真面目な人ほど生きにくい世の中になった
 彼が弱いのでは決してないのだと信じるものだ


 結果離婚せざるを得なかった
 彼女は孫と元妻に何かと心遣いを送る
 写真とともに都会の味も届けられるという


 今では歳をとった友人夫婦の力となり
 買い物、雪かきをしてくれている
 時間がなんとか薬となって助けてくれるだろうと結ばれていた


 実に優しく誠実で 小さかった次郎を可愛がってくれた
 今 二人の息子たちは病んでいる
 いつの日にか 健康とささやかな希望を給わりますよう
 ひたすら祈るばかり








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