わたしの中の慈愛と憎悪
私の幻滅 八木重吉
なにゆえに
わたしは妻に幻滅を感じるか、
わたしの妻はにんげんであって
はなをかみ べんじょにいき
天使そのものでなかったゆえに、
そのゆえんにわたしはこの世をいかるか
にんげんがみな 小さき神でないゆえに、
なにゆえに わが児をうつか
「子供は天使」でなかったから、
やはり私の子、人間の子であったから、
なにゆえにみづからをいきどほるか、
こうありたい ねごうても
わたしみづからがそうなってはくれぬゆえ
(寂寥三昧)
人を殺さば
ぐさり! と
やってみたし
人を ころさば
こころよからん
(秋の瞳)より
✿
さて 私はこれまで幾人を刺したことだろう
一人を幾度も幾度も刺したこともある
私を追いつめる快感を持つ者の存在は 私の心を危うくした
「窮鼠猫を噛む」などではなく
「猫」である私を見ぬけぬ愚かな「鼡」が
行きがかりに目を誤り 地上で鯵か鰯に出会ったという訳だ
人間であるがゆえに実行しなかっただけであり
紙一重のところで両者は無事でいるだけなのだ
私は 晴々とした自由な心持でいる
何にしろ 原因と結果がある
私は端数を切り捨てた
端数とはサタン 私の中にも巣食うサタンだ
人間の善を信じている 信じ続けている
愛を感じる 包まれている愛 護られている愛を
ゑぽむ
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